今更ながらだけども、「ジョーカー」という映画。
めちゃくちゃ面白かったですね。
妄想と現実の境界線がないので、僕の解釈では、この映画の内容全てが妄想だったのではないかという感じでした。
最後に書きますが、タイトル回収な映画です。
全てが起こっていないし事実でもない。
何の脈絡もないし、繋がりもない。
ぱっと思いついて「あぁこれも面白い」と思った刹那、また別のことをパッと思いついて「あぁ、これも面白いな、あはははは!!!」、と思ったそばから、「これさっきのと比べると面白いじゃないの!!あははは!」「あれ、脈絡ないけど、まぁいいやそれも面白いや!あははは!」みたいな、ひたすら思いつきを繰り返しては笑い転げている感じで映画は進んでいく。
この混沌とした世界観こそ、まさにジョーカーという感じでもありましたが。
「悲劇のヒーロージョーカーの出来上がりだとさ!!あははは!なにそのジョーク!笑える!あははははは!!そのジョーカー偽物だから!あははは!!」という感じでジョーカーを想像すると面白いよね、まぁ分からんか、オレが面白いだけだから、いいよいいよ別に、あら可哀想とか思っちゃう?病気で笑ってると思っちゃった?あははジョーカーの偽の物語だからこれ!嘘なの!全部嘘!あはは!あー面白かった!というサイコパスな感じで映画が終わるようなイメージですかね。
この映画の面白さは、バラバラに繰り返される思考の映像化であると思う。
人間、生きていますと、どこかで「ヒーローになったらどんな気分だろうか」とか「舞台に立ったら自分ならどうするかな」とか想像しながら、「ま、現実はそんなこと起こらないけどね」とか「何を馬鹿な妄想してるんだ自分は、、、そんなことしてる場合じゃない、明日のテスト勉強しなきゃ」みたいに冷静に考えたり、「可能性はゼロじゃないかもよ!」と鼓舞したり、「嫌なこともたくさんあったな」と振り返ったり、「なんで生きてるんだろう」と考え込んだり。
人間の思考はとても忙しい。
言葉にする以上に、思考は混沌としてる。
そんな頭の中の混沌をありありと描写しているかのようで、妙なリアリティがあるのも面白い。
あくまでも、全てが頭の中の世界だとして。
最後のシーンは、「なぜ笑ってるの?」と聞かれた主人公は「面白いジョークを思いついた、理解できないさ君には」という感じで答えるんですけども、この「面白いジョーク」がこの映画のオープニングから全てを指しているのではなかろうかと思えたりします。
「ジョーカーが悲劇のダークヒーローだなんて下らないジョーク(嘘の物語)を理解出来るはずもないさ、そのジョークそのものが面白いんじゃなくて、それを想像するのが楽しかっただけさ、それを想像してる自分が可笑しかっただけさ」みたいな。
この頭の中の繰り返しが、しかし人を生かしていたりするし、精神的な解放をしたりもする。それによって、妙なカタルシスを感じたそばから現実を目の当たりにしたりして。
ちょっと変な例えですけど、「ワンピース」という漫画を見て、「ルフィがもしこんな事を言ったら」とか「ウソップが悪魔の実を食べていたら」という二次創作を考えてる人の、その思考を映像化してる感じですかね。
例えば、「なんでそんなに何回も何回も海賊王になれないなんて言うんだよぉぉー!そんなに言わなくても良いじゃないかぁぁー!うわぁーーん!」と地団駄踏んでいる子供のルフィが、ゴム人間だからブニブニしながら怒ってる、みたいなよく分からない想像をしたりして、「いやー、さすがにルフィはこんな事言わないか?あははは!誰かに話しても、下らないって言われるんだろうなぁ、まぁ話さないけど!馬鹿らしい想像してしまったなぁ、、個人的に面白いけど、無駄な時間だわ、まぁ面白いけど」という感じ。
しかし、想像を膨らませているうちに、実にそれっぽい本物っぽい物語ができてしまった。真実ではないのに。そんなこともあります。
一部の陰謀論なんかがそうでしょうか。まるでそれが真実であるかのように見えます。が、ただ妄想を膨らませて真実っぽくなっているこの映画さながらなわけでして。
そんなありもしない想像をしていた主人公アーサーが、物語のラストに「これは僕(アーサー)の妄想を膨らませてそれっぽく見えるだけの嘘物語(ジョーク)だよ」と話して終わる。
映画のタイトルは「ジョーカー」です。
ジョーカー、つまり、ジョークを言う人、です。
ジョークとは「冗談」という意味です。
冗談とは「真実ではないこと」つまり「嘘」なわけで、嘘を面白おかしく表現したものが冗談ですから、タイトルは「嘘を面白おかしく表現する人」なわけです。
この映画のジョーカー物語は全て「嘘」なんでしょうなぁと思う。タイトル回収というか。
このタイトルはダブルミーニングだと感じます。
「ジョーカー(バットマンの悪役)についてのジョーク物語を考えるジョーカー(嘘つきのアーサー)の物語」。
いずれにせよ。こういう精神世界の描き方があるのか、映画でそれを表現出来るのか、と、感心しきりでして、いや凄い映画だなと。
クリエイターと呼ばれる人たちは、こういう下らない妄想は映画にしないわけですが(物語がブツギリになって脈絡がなさすぎて脚本が書けないですからね)、それを作品に仕立て上げたこの力量がすごいなぁなんて思いました。